POSTED BY オオモト ユウ掲載日 OCT 27TH, 2021

東京五輪で日本選手団を支えた特別食「For ATHLETE」ギョーザとは?Vol.2【開発者に聞くイノベーション探訪】

2021年夏、17日間に渡って熱戦が繰り広げられた2020東京五輪。世界的な感染症蔓延による開催延期、会場の無観客措置、開催直前の感染再拡大など、開催前はネガティブな意見が多かったものの、日本選手団の活躍もあり、人々を大いに高揚させる契機となった。

その活躍を「食」で支えた味の素冷凍食品株式会社から発売されたのが「For ATHLETE」ギョーザである。トップアスリートが監修した特別品が家庭でも食べられるとあって、大きな話題を呼んでいる。この画期的な取り組みはいかにして実現に至ったのか。開発の経緯や商品化に至るまでの紆余曲折、冷凍にこだわった理由に至るまでを担当者にうかがった。

目次

実は異例のスピード決定!?「For ATHLETE」ギョーザの完成まで

2020東京五輪を目の前に控え、栗原さんが考案したレシピを基にさまざまな部署から担当者が集まってトライ&エラーが繰り返された。短期間ながら濃密なやりとりが交わされ、通常では考えられない短期間で開発が進んだ 写真提供:味の素冷凍食品株式会社

― さて、前回では羽生結弦選手と味の素株式会社が運営する「ビクトリープロジェクトⓇ」の栗原秀文さんとの間で交わされた会話が「For ATHLETE」ギョーザが生まれるきっかけだったと教えていただきました。では、それ以降はどのようなスケジュールで商品化に至ったのでしょうか?

岩﨑:
スタートは2020年の2月頭だったかな。私は直接声が掛かるまで、「ビクトリープロジェクトⓇ」が何をしているのかをまったく知らなかったんですよ。でも上司を経由して依頼が来たので、まずはミーティングに参加した。そこで初めて詳しい話を聞いたわけです。

― 栗原さんからの依頼を聞いた印象はいかがでしたか?

岩﨑:
これは大変だと。このギョーザを、数カ月後に晴海の選手村近くに開設する「JOC G-Road Station(※1)」で提供したいと言うんですからね。

ただ、彼の本気度は伝わったので、「まずはアナタが作ったギョーザを食べさせてほしい」とお願いました。それで1週間後にシェフを呼んで目の前で作ってもらったんですが、それはもう驚きました。

― 驚くようなギョーザとは? ちょっと想像がつきませんが。

岩﨑:
そのシェフが、いきなりギョーザに羽を付けるための小麦粉を溶き始めたんです。我々の商品は油・水なしで羽根つきギョーザができるのにですよ!

そんな手間も技術も必要な調理は現実的ではありません。「JOC G-Road Station」で提供するなら一度に大量に作る必要があります。そうなれば、手間をかけずに一定のクオリティを担保しなきゃいけない。だからこそ冷凍食品でという話になったわけです。

そうなると今度はレシピが問題になる。冷凍食品は工場で作ることになりますから、栗原の作ったレシピと工業化の工程を摺り合わせないといけません。すぐにその作業に取りかかって、1週間ほどで内容を固めました。

このコンセプトを提案した栗原さん(左)とともに、工業化の過程で大きな役割を果たした田端淳二さん(右)。レシピ決定に至る過程はこの2人が中心となった 写真提供:味の素冷凍食品株式会社

― わずか1週間ですか。スピード感がありますね。

岩﨑:
そこまでの過程でだいぶ話を重ねたので、次は自社の工場で最もスムーズに作業ができそうな四国工場にメンバーを集めました。皆、ほかの仕事も抱えている身ですから、2泊3日の合宿のような形式でしたね。

この合宿中は、それこそ徹夜に近いような状態でしたよ。現場で原料を目の前に置いて、「じゃあ明日はこれでいこう」、「もうちょっと直そうか」というやりとりを重ねていました。それで中身はほぼ固まりました。

それが4月の出来事でしたから、スタートから2カ月くらいですかね。そこまでは順調だったのですが・・・。

無念のオリンピック延期が吉兆に! 新たな「皮」投入で再進化!

バドミントンの奥原希望選手は「For ATHLETE」コンディショニングギョーザがお気に入り。「見た目はちゃんとギョーザなのに、野菜の小鉢を食べているような気分になれるのがすごくイイ!」  写真提供:味の素冷凍食品株式会社

― わずか2カ月で工業化の過程がクリアできたわけですが、ここで何か問題が起こったのでしょうか?

岩﨑:
ちょうどその頃は、最初の緊急事態宣言が発出されていた時期でした。日本全体に「五輪なんてできないよ」という雰囲気が立ちこめていて、結果として我々が作ったギョーザを提供するはずの2020東京五輪は1年延期になりました。(※2)。

ただ、この延期はむしろプラスに働きました。この猶予期間があったからこそ、完成度が上がったんです。

― と、言いますと・・・?

岩﨑:
それまでは完成を急ぐことに気が向いていました。納期までの時間がないからこそ燃える!といった心境です。でも、期せずして時間的な余裕ができてしまった。それならばと、アスリートの方々に試食してもらったところ、「おいしい!」という反響が多く返ってきた。これでさらなる手応えが生まれました。

あとは皮の変更ですね。五輪が延期になったからこそ実現できた。

― 「皮」の変更ですか・・・?

岩﨑:
2種類のギョーザは、大きさや中具のほかに「皮」に違いがあります。パッケージを見比べてもらうとわかりますが、「For ATHLETE」エナジー ギョーザⓇは皮に米粉を使用しています。これこそ、延期になったからこそ実現した要素なんです。

具のレシピが完成した時点では、油・水なしで焼ける米粉の皮は未完成でした。米粉を使った皮の研究は2年半ほど続けられていましたが、完成までにはもう少し時間が必要だったんです。

もし、当初のスケジュールのまま五輪が開催されていたら、どちらも小麦粉の皮が使われていたはずです。一応、その準備もしていましたからね。

「エナジーギョーザ」パッケージに表記された「米粉」の文字。新型コロナウイルス蔓延の影響でオリンピックが1年延期された結果、皮肉にも独特の食感と高い炭水化物量を約束する米粉を使った皮が実現した

― 米粉で作った皮の採用でどんな変化が生まれたのでしょう?

岩﨑:
皮の原材料を小麦粉から米粉に変えると、単純比較で炭水化物量が1.5倍に増えます。「エナジーギョーザ」は1個あたりの平均重量が17.5gで、「コンディショニングギョーザ」よりも小ぶりに作られています(後者は24g)が、口に入れやすいサイズでありながら、効率のよいエネルギー補給が期待できるようになりました。これは米粉を使った皮だから達成できた数値なんです。

米粉ならではのモチモチした食感も好評でしたね。2種類を食べ比べるとよくわかりますし、「エナジーギョーザ」は水餃子にしてもツルンとしておいしく食べられます。

時間ができた分、新しい技術の採用が可能となり、差別化が図れたのは幸運でしたね。ちなみに「油・水なしで焼けて皮に米粉を使ったギョーザ」というのは我々の独自技術なんですよ。

アスリートの意見を詰め込んだスペシャルギョーザが急遽「一般販売」へ

吉田さんは各種事務手続きからECサイトの立ち上げまで、裏方作業に尽力。石原さん、岩崎さんの両氏から「彼のおかげでこのギョーザが一般ユーザーに届けることができた」と厚い信頼を得ている

― そもそもはアスリートに提供するためのスペシャル品として開発が進められたようですが、一般発売はどのような経緯で決まったのでしょうか?

岩﨑:
2020年のうちには各種試験なども済んで、ギョーザそのものについてはおおむね完成していました。そもそもこのギョーザはアスリートに喜んで食べてもらうためのもので、開発時点では業務用としてしか想定されていませんでした。一般消費者の目に触れることもなく、バックヤードで焼いて選手や関係者に提供するだけの商品ですから、包装も無地の袋と段ボール箱に入れるだけ。そんな予定でした。

― その時点では一般販売の予定はなかったと?

岩﨑:
私と栗原は、工場から持ってきた試作のギョーザを『GYOZA IT.Ⓡ』というお店に持ち込んでミーティングを重ねていたんですが、その時点では「このギョーザが、この店のメニューに載せられたらいいね」程度にしか考えていませんでしたね。

ただギョーザ自体の完成度は高かったので、先々の展開としては「トップアスリートが食べていたギョーザ」として売り出せたら良いなとは思っていました。「そのうち、このギョーザを食べてくれたアスリートが金メダルを取ってくれれば話題にもなるだろう」とね。

― では、一般発売は急展開だったわけですか。

岩﨑:
「せっかくだから皆さんに召し上がっていただこう!」という話が出たのは2021年に入ってからです。そこからECサイトを立ち上げたり、「For ATHLETE」のブランディングをしたりと大変でした。そういった裏方の業務は、吉田に助けてもらいましたね。

吉田:
私はこのプロジェクト遅れて加わりましたから、ギョーザの中身についてはともかく、主にECサイトの立ち上げを担当しました。そもそも弊社では公式ECサイトを使った直販自体が新しい試みです。多くの人の手で開発されたこのギョーザを、多くの人に知ってもらって、お届けするのが私の主な仕事です。

岩﨑:
我々の仕事は、スーパーマーケットなどの小売店を相手したものが大半です。だから、この商品を小売店で扱ってもらおうとすれば、営業部隊を動かしたりして相当に準備をしなければなりません。

この商品に関しては従来品とは性格が違うため、公式ECサイト限定販売とすることは早い段階で決めていましたね。といっても、構築までが大変でしたが。

担当者が振り返る「異例のスピード決定」と「一般販売実現」した要因

今回取材に応じていただいた皆さんは、岩﨑さんが商品開発、石原さんが社内調整、吉田さんが事務作業と、それぞれの持ち場で奮闘。わずか半年ほどで、従来は販路としていなかった公式ECサイトを利用した一般販売に漕ぎ着けた

― ここまでお話を伺って、紆余曲折はありながらも極めて迅速に商品化を実現されているように感じます。開発がスムーズに進んだ要因はどこにあったとお考えでしょうか? 

岩﨑:
まずは栗原の熱意だと思います。わかりやすくてブレのないコンセプトがあり、それを極めて簡潔に示し続けてくれました。アスリートにヒアリングした内容も的確でしたね。

あとは自信を持って仕事を進められる環境を作ってもらえたことでしょうか。石原を初め、上司のさまざまな協力のおかげで各工程がスムーズに進みました。もしかしたら、この会社だったからこんな短期間で完成できたのかもしれません。出社したばかりの上司に試食をお願いしたこともありましたから(笑)。

家族からも「最近仕事が楽しそう」と言われましたね。開発に携ったメンバーにも恵まれたし、社内の風通しもいい。しかも、このギョーザを喜んで食べてくれたアスリートが結果で応えてくれた。

栗原がアスリートのために作ったギョーザをスタートに、我々が冷凍食品の技術を使って工業化のお手伝いをした。商品自体が完成したところで、周りが奮闘してくれて公式ECサイトを介して多くの生活者の方にお届けできるようになりました。こういった環境は非常にありがたいものでしたね。

もしかしたら、ここから新たな壁に当たるかもしれませんが、その都度ぶつかって前に進んでいけたらと考えています。
(Vol.3へ続く)

公式ECサイト>>>https://shop.ffa.ajinomoto.com/

※1
日本代表選手団員に「和軽食」を提供し、選手がベストコンディションを維持して競技に臨めるようJOCが設置した専用施設。2016年のリオデジャネイロ夏季オリンピックで初めて設置され、2018年の平昌冬季オリンピック、2021年の東京夏季オリンピックでも開設された。
https://www.ajinomoto.co.jp/sports/tokyo2020/grs/

※2
IOCは2020年3月30日に開かれた臨時理事会で大会の延期日程を決定
https://sports.nhk.or.jp/olympic/article/column/0b4e7cb8c0754892b6ffa154be5ce891/

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オオモトユウ
編集者/ライター/フォトグラファー

スポーツウエアメーカー勤務、雑誌編集などを経てフリーライターに。好きなことを仕事に選び続けた結果、周囲からは「ラクをして生きている」と思われているのが悩み。四国、北海道については愛車で単独周遊済みなので、九州に照準を定めている。旅先での酒場巡りとノルウェー旅行の再開に思いを募らせる日々。

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