POSTED BY アンダルシア掲載日 JUN 9TH, 2021

【論考】世界に展開される中国のワクチン外交～日本による台湾への提供とその影響とは～

比較政治や国際政治経済を専門とする政治学者の筆者が、世界情勢の「今」を論考する当シリーズ。今回は、日本からコロナワクチン寄与をうけた台湾と、自国製ワクチンを外交政策のキーとしたい中国の動向を考える。

日本が台湾へアストラゼネカ製ワクチンを提供

台湾各紙は2021年6月4日、日本が英国アストラゼネカ製のワクチン124万回分を提供したとするニュースを1面トップで大々的に掲載した。今後、米国もワクチンを提供する国際的枠組みCOVAXを通じて台湾にワクチンを提供する予定だが、今回の提供について、ネット上では「日本ありがとう」、「日台の友好関係が改めて証明された」とする感謝の声が次々に上がった。

しかし、この問題を国際政治の視点から考えると、中国・習政権の狙いが見え隠れする。

習政権の台湾政策の思惑とは

台湾はコロナの優等生とも言われ、これまで感染拡大を抑え込むことに成功していたが、最近になってコロナの感染者数が急激に増えた。それによって、台湾ではワクチン需要が一気に拡大し、習政権は政治的に対立が深まる台湾へワクチンを提供する用意があると真っ先に名乗り出た。

しかし、台湾は台湾統一を目指す習政権の政治的狙いを懸念してかそのオファーを拒否し、結局、日本が初めての提供国となった。これについて、中国が日本へ強い不快感を表明している。

習政権には、台湾の独立を阻止し、台湾統一を達成するという絶対に譲れない目標がある（これを中国の核心的利益と呼ぶ）。それを武力で達成しようとすると、米国や国際社会からの非難は免れないので、習政権は台湾と国交を持つ国々に圧力を掛け、台湾との国交断交、中国との国交樹立を促している。

世界に拡大するワクチン外交

最近でもワクチン提供との絡みで大きな出来事があった。パラグアイ外務省は2021年3月24日、ワクチン提供を中国から受ける条件として、中国側から台湾との国交断絶を要求されたとの事実を明らかにした。中国側はこの事実を否定している。しかし、パラグアイは台湾と国交を結んでおり、中国には国産ワクチンの提供を通じ台湾との外交関係断絶、中国との国交樹立を達成することで、台湾の外交能力を消したい狙いがあることに疑いの余地はない。

一方、世界に目を向けても、中国のワクチン外交は大々的に展開されている。例えば、東南アジアでは今年に入り、中国の王毅外相はインドネシアとフィリピン、ミャンマーとブルネイの4カ国を歴訪し、中国国営製薬会社シノファームのワクチンを提供支援することなどを約束し、2021年2月7日には、カンボジアの首都プノンペンに中国が提供したワクチンの第一陣が到着。8日にもラオスの首都ビエンチャンに同第一陣が到着した。

また、欧州では、セルビアの首都ベオグラードに1月、シノファームのワクチン100万回分が到着し、同国のブチッチ大統領が中国からの要人がいないにも関わらず空港でワクチンを出迎える姿があった。他にも、チリやブラジル、エジプト、バーレーン、ヨルダン、UAEなどが中国製ワクチンを受け入れている。欧米製ワクチンと比べると安い値段（無償もある）で手に入り、場合により緊急性を有することから、途上国にとって中国製ワクチンは大変魅力的に映る。

中国がこのように積極的にワクチン外交を展開する背景には、その始まりが中国・武漢ということもあり、各国の対中不信の払拭したい狙いもある。習政権は同感染拡大によって各国で高まる対中不信を和らげ、自らの影響力を維持・拡大させたいはずだ。

最近、世界保健機関は新たに中国製ワクチンを承認。感染拡大傾向にあるとされるなど途上国を狙った、ワクチン外交はさらに拡大する可能性がある。