POSTED BY オオモト ユウ掲載日 SEP 14TH, 2021

【釣りの今を斬る】海水温上昇がもたらす日本近海の変化(vol.5)

海中に生育する海藻が消失し、海底が丸裸になってしまう「磯焼け」問題。その原因として、海水温上昇に伴う生育環境の不適化や食害生物の増加などが挙げられることはこれまで解説した通りである。地球規模で頭痛のタネとなっているこの問題に、「食害生物の有効活用」というアプローチで成果を上げつつある取り組みがある。それが近年話題になっている「キャベツウニ」。食害生物の駆除に偏りがちだった磯焼け対策に一石を投じたこの取り組みについて、その経緯を紹介していこう。
協力:神奈川県水産技術センター

目次

規格外品が海藻代わりに!? 磯焼け対策に光明「キャベツウニ」とは

鮮烈な磯の香りとコクのある味わいが愛され、日本人が愛好して止まないウニ。無数のトゲで覆われた独特な形状だが、分類上はヒトデやナマコの仲間とされる。比較的浅い海に生息して捕えやすいことから、我が国では古くから食料として認知されていたようで、奈良時代にまとめられた『古事記』にも記述が残っている。

世界で流通しているウニの大半(一説には8〜9割とも)が日本での消費とされるが、日本近海に生息する約140種のうち食材として利用されるのはバフンウニやアカウニ、シラヒゲウニなど6種。もちろんその顔ぶれのなかに「キャベツウニ」という種類は入っていない。

磯焼けの原因生物の一つとして駆除対象になっている場所もあるウニ。これを有効活用する試みが「キャベツウニ」のスタートである 写真提供:神奈川県水産技術センター

今回紹介する「キャベツウニ」の正体は、食用種としてポピュラーな「ムラサキウニ」。本州中部から九州にかけて生息し、生食用はもちろん加工用として広く流通している。

ただ、ウニは海藻をエサとして成長するため、磯焼けが発生すると身入りが悪くなる。こうして利用価値が低下したムラサキウニは、磯焼けを促進(岩などに芽生えた新芽を食べてしまう)させる厄介者となり、やがて駆除対象となる悲運な宿命を背負わされてしまう。そこで、駆除と有効活用の両立を期して神奈川県水産技術センターにおいて研究が始まり、その成果として2017年に「キャベツウニ」が世に出ることとなった。

エサとなる海藻が枯渇するとウニの身は痩せていき、漁獲対象ではなくなってしまう。身さえ入っていれば有効活用できるのだが・・・ 写真提供:神奈川県水産技術センター

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どうしてキャベツ? 成功に至るまでの経緯

神奈川県水産技術センターがある三浦半島において、磯焼け対策として駆除されていたムラサキウニ。十分な大きさまで育った個体が多いのにも関わらず、エサとなる海藻が減少によって可食部となる「生殖巣」の入りが悪くなり、売り物にならないウニとして扱われていた。

ムラサキウニにさまざまなエサを与えた結果、もっとも旺盛に消費したのがキャベツなどの葉物野菜だった 写真提供:神奈川県水産技術センター

それを解消すべく、何でもエサとして食べる雑食性を利用してさまざまなエサを与える実験を開始。マグロの身などの海産物からダイコンやブロッコリー、カボチャといった農作物まで26種類の食材を与え、その経過を観察した。ほとんどの食材がエサとして消費され、なかでもキャベツやホウレンソウなど葉物野菜を好んで食べるという実験結果が得られた(※1、2)。

そこで研究員は特にキャベツに注目。三浦半島は昔からキャベツの生産が盛んで、当地に生息するムラサキウニが身を大きくする4〜6月は春キャベツのシーズンと合致する。成長しすぎて流通規格外となったキャベツをウニに与えるエサとして調達し、3カ月ほどキャベツエサで養殖を行った。

3カ月ほど養殖した結果、身入りも上々! 写真提供:神奈川県水産技術センター

その結果、ムラサキウニ1匹あたりキャベツ1玉を食べ、販売できるレベルにまで身が入るほどに成長した。しかも、ウニは流通過程で廃棄されがちな外葉を好んで食べる傾向も見て取れ、海産物と農作物の相互活用サイクルについても、実現の可能性を示す結果となった。

この実験によって商品価値を獲得したムラサキウニは「キャベツウニ」と名付けられ、持続可能な磯焼け対策の一手として世間の注目を浴びるに至っている。

「キャベツウニ」味の評価とこの研究の可能性について

キャベツウニは天然物と比較して甘みが強く、臭みや苦みが少ないと好評価を獲得 写真提供:神奈川県水産技術センター

キャベツだけをエサとして与えられたムラサキウニは、商品価値を獲得するまで成長を遂げただけではなく、食材としてもその価値を高めている。自然に育ったムラサキウニと比較したところ、甘みが強く感じられるうえに独特の苦みが抑えられているとおおむね好評価。海藻由来の磯臭さもなく、その臭みからウニを苦手とする人でも食べやすい点も評価されている。

加熱調理では食材によく絡む点も飲食店関係者から評価された 写真提供:神奈川県水産技術センター

また、加熱することで独特の粘りが出て、食材によく絡む点も飲食店関係者から評価を受けているという。

この研究をベースとし、2018年からは複数の漁業者や水産関係者によって試験的な養殖が開始されている。継続した生産によって年を追うごとに質・量ともに向上が見られており、現在でもより効率的な養殖方法の確立に向けた研究が続けられている。

神奈川県内のスーパーマーケットで販売されるなど、着実に有効活用が進む「キャベツウニ」。地域ブランドとして確立される日も近そうだ 写真提供:神奈川県水産技術センター

なお、この「キャベツウニ」から着想を得た新たな取り組みも各方面で行われている。回転寿しチェーン『くら寿司』が昨秋に期間限定で販売した「【ベジタブルフィッシュ】ニザダイ」(※3)がその代表例。海藻を盛んに食べてしまううえ、身に臭みがあって食用価値の低かったニザダイをムラサキウニと同様にキャベツエサで養殖。これによって臭みの軽減に成功し、旨味や脂乗りが楽しめる新たなネタの商品化として成功を収めている。

参照

※1 https://www.pref.kanagawa.jp/docs/mx7/kikaku/kyabetsuuni.html
※2 「キャベツウニ」に色々と食べさせてみた かなチャンTV(神奈川県公式)https://www.youtube.com/watch?v=4__eLjXx2qo
※3 https://www.kurasushi.co.jp/author/001067.html

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オオモトユウ
編集者/ライター/フォトグラファー

スポーツウエアメーカー勤務、雑誌編集などを経てフリーライターに。好きなことを仕事に選び続けた結果、周囲からは「ラクをして生きている」と思われているのが悩み。四国、北海道については愛車で単独周遊済みなので、九州に照準を定めている。旅先での酒場巡りとノルウェー旅行の再開に思いを募らせる日々。

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